The discretion of a man deferreth his anger

; and it is his glory to pass over a transgression (Prov. 19:11 KJV) - このブログは基本的に画像処理やRTMなど技術に関することを書き連ねていきます。

ノア

主は、地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのを御覧になって、
地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。
主は言われた。「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する。」
しかし、ノアは主の好意を得た。
これはノアの物語である。その世代の中で、ノアは神に従う無垢な人であった。ノアは神と共に歩んだ。

わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱舟に入りなさい。

ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。
(創世記 6:5-9, 18, 22 - 新共同訳聖書)

神様が求めておられる人とは、神様に従う、神様と共に歩む人でした。
神様はコンピューターではなく、意志のある人を造られました。鳥も、動物も、全て完全に自律した意思があり、それぞれに目的があります。
そんな中で、人には他の動物を管理するという目的のために、神様と、周囲の人と連携を取る方法をお渡しになられました。
さらに、善悪を知る実を食べることによって、霊的には死にましたが、しかしながら善悪を判断できるようになったことで、一層自分で自律出来るようになったわけです。
善悪を知る実とは、結局何だったのかというと、詰まる所はそれまで悪を知らなかった-エデンでの神様との行動は、何をやってもよかったが、その木の実を食べることが神様の言いつけを守ること=悪だったわけなので、何が悪いことなのかを知ったということになる…ということも考えられると思います。その後、どんどん悪いものをを知り、悪い方向に行ってしまうのは、人間の弱いところではないかと思います。
そんな状態で、ノアの代まで来た時に、また、ネフィリムとか言う神の子達(当時は特別な存在なのも居たみたいです)と人間のハーフとか、色々と居て、結局悪を知ったということから、善であることを選ばずに悪であることを選ぶようになった時代を主が心を痛められるわけがないわけです。
ただ、そんな中でも、一人の人が選ばれました。ノアという人でした。神に従う無垢な人として、神様が召されたのです。ノアだけではありませんでした。ノアの家族、また、ノアが生涯をかけて集め導いた生物の番い達を方舟に載せて、管理しながら次の世代に今度はノアからスタートするということを決められたわけです。
それにしても、ノアはどんな人だったのでしょうか?神様に従う無垢な人ということ、神様が命じた通りに果たしたということから、かなり従順な人だったと思いますが、一方で、周りの人間が殆ど悪いことばかりに行っている状況の中で、神様に従うことは難しいわけです。かなり頑固であったことも想像できるかもしれません。
いずれにしても、神様が祝福され、神様によって与えられたその契約によって、再び人間は出発することになりました。最初の契約(アダムとイブ)の時は、神様が人を造った直後。今回の契約は、一度リセットということを決められた後。信仰をもつ人からスタートするというやり方で再スタートすることになりました。
今の世の中はどうなんでしょうか。日本ではクリスチャンが0.1%とかしかいないとまで言われています。諸外国で、クリスチャン人口が多い国があったりしても、結局神様に従っている人というのは数少ない状態とも思います。私自身、100%の献身ができていないということもあり、ともするとノアの時代の、悪いといわれていた人よりも悪いのかもしれません。こんなところからどうやって変えられるでしょうか?
自分では変えられないこと、主の御力なしでは自分のことを変えられないことを思います。今日も、御言葉から、主を覚えて、一つ一つの恵みに感謝しながら、今日与えられる仕事をよくこなすことができるようにしたいと思います。