The discretion of a man deferreth his anger

; and it is his glory to pass over a transgression (Prov. 19:11 KJV) - このブログは基本的に画像処理やRTMなど技術に関することを書き連ねていきます。

賛美すること

わたしたちはこの地上に永続する都を持っておらず、来るべき都を探し求めているのです。
だから、イエスを通して賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえる唇の実を、絶えず神に献げましょう。
善い行いと施しとを忘れないでください。このようないけにえこそ、神はお喜びになるのです。
(ヘブル 13:14-16 - 新共同訳聖書)

賛美というと、どのようなことをイメージするでしょうか?
一般的に「賛美歌」を歌うことが賛美だと思う人もいるかもしれません。確かに、賛美歌を歌うことは賛美なのですが、もうちょっと広義で考えると、「神様を讃える」ことに他ならないと思います。
神様を讃えると言っても、まぁ…素晴らしすぎるのでどこから讃えていいか分からないとかいう部分もありますが、詩篇148篇から150篇を見ると、ずっと賛美賛美…と書いてあるくらいに、詩篇全体でも賛美しまくりというくらい賛美していますので、どこから賛美しても賛美し足りないということはないでしょう。
何に対して賛美ができるか?ということが重要なのかもしれません。自分が良いものを貰ったから?、この世に生まれることができたから?、救われることが計画されていたから?、それとも、主がこの世を(物理的に)造って自分が居ることができるから?
神様が私たちに無条件で愛を注いでくださるように、私たちが神様を賛美することも無条件であり、全てのことについて賛美するのだと思います。
ヘブル13:14に書いてある、来るべき都は天国のことですね。地上でもそうですが、天国の宗主も神様ですし、地上での国々とちがって、天上では直接神様やイエス様と交わりを持つこともできるわけです。
勿論、素晴らしいから賛美するわけですが、本当の主である神様にこうして「神様すごい!」と心から賛美出来ればと思います。
また、心の中で「すごい!」って言うのもそうですが、丁度B'zだとかそういったアーティストに心酔している人なんかは「B'zすげぇ」とかっていう感じ(?)で大体常にそういうふうに言ってますよね。
口に出して言うことも非常に重要だと思います。口に出るのは、心の中で抑えきれずに、どんどん出てくることと同じだと思います。それが他の人に対する悪口とかではなく、神様に対する賛美だったら…。本当に心から神様を愛している人だと思います。
今日は詩篇145篇から150篇を読み返しながら、神様を賛美したいと思います。